大判例

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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)7173号 判決 1968年2月13日

原告

板倉岩雄

原告

板倉龍子

右両名代理人

坂根徳博

椎原国隆

被告

千葉県

右代表者

千葉県知事

友納武人

右代理人

秋山博

忽那寛

主文

一、被告は原告板倉岩雄、同板倉龍子に対し各四〇六万円およびうち三五七万円に対する昭和四一年六月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを三分し、その二を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四、この判決は原告ら勝訴の部分に限り、仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告ら――「被告は原告板倉岩雄、同板倉龍子(以下それぞれ原告岩雄、同龍子という。)に対し、各六八三万円およびうち六一一万円に対する昭和四一年六月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決および仮執行の宣言

二、被告――「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決

第二  請求原因

一、(事故の発生)

昭和四〇年一〇月一九日午前三時一〇分頃、千葉県市川市二俣町七三二番地先通称京葉有料道路(以下本件道路という。)において、普通乗用自動車(千三す〇四八一号、以下甲車という。)を運転して東京方面から千葉方面に向い道路左側(以下下り線といい、道路反対側を上り線という。)中央線寄り通行帯(以下第二通行帯という。)を進行中の訴外板倉紀光(以下紀光という。)は、上り線から下り線へと転回の動作をしていた訴外鈴木佐四郎の運転するジープ型パトロールカー(千八た〇八四五号、以下乙車という。)と訴外秋葉昌吉の運転するライトバン型事故処理車(千八た五二一六号、以下丙車という。)とを避けるべくハンドルを左に切つたため、道路縁側通行帯(以下第一通行帯という。)内に駐車中の小型貨物自動車(千四に九六八六号、以下丁車という。)に甲車を衝突させ、因つて後頭頸椎骨折の傷害を受けて死亡した。

二、(被告の地位)

被告は乙、丙車の所有者であり、また本件事故発生の約一時間半前に丁車によつて惹起された交通事故の証拠物件として、任意提出されていた丁車を領置していたものであつて、当時、乙、丙、丁車をいずれも自己のために運行の用に供していた者である。

三、(損害)<省略>

四、(結論)

よつて、原告らは各自被告に対し自動車損害賠償保障法第三条により以上合計六八三万円およびうち右弁護士費用を除いた六一一万円について紀光の逸失利益算定の基準日の翌日である昭和四一年六月一日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三  請求原因に対する被告の答弁

一、請求原因第一項の事実中、原告ら主張の日時、場所において甲車と丁車とが衝突したこと、乙、丙車が現場付近上り線にあつたことおよび甲車を運転していた紀光が死亡したことは認め、その余は否認する。すなわち乙、丙車は上り線内に駐車していたのであつて、下り線内を進行してきた甲車に対しその進路の妨害その他何らの影響を与えることなく、又丁車の駐車も何ら交通の妨害になつていなかつた。

二、同第二項の事実中、被告が乙、丙車を所有し、当時これを自己のために運行の用に供する者であつたことは認め、その余は否認する。

三、同第三項はいずれも不知。

第四  被告の抗弁

自動車運転者たるものは前方を注視して進行し障害物等があるときはこれを速やかに発見して急停車、避譲等適切な運転により事故を未然に防止すべき注意義務があるのに紀光はこれを怠り、漫然高速で進行した過失により道路左端に駐車していた丁車を速やかに発見できず本件事故に遭つたものである。

第五  抗弁に対する原告らの認否

否認する。

第六  証拠<省略>

理由

一(事故の発生)

請求原因第一項の事実中、原告ら主張の日時、場所において甲車と丁車とが衝突して甲車を運転中の紀光が死亡したことは当事間に争いがない。

本件の最大の争点は、甲車と丁車との衝突がどのような経過を辿つて発生したかにあるが、<証拠>を総合すれば、次のような事実が認められる。

(一)  事故現場の状況

事故現場は自動車専用道路である本件道路の原木インターチエンジから千葉方面へ約九〇〇米の地点下り線上であり、本件道路の現場付近の状況は、巾員一五米、片側二車線のコンクリート舗装道路であり、衝突地点から東京方面へ約一〇〇〇米以上、千葉方面へ約二〇〇米以上が直線であり、平担である。道路中央には白線の道路標示およびチヤッターバーを並べた分離帯が設けられており、車両通行帯の境界線も白線で明示されている。現場の周辺はほとんど水田であつて人家がまばらに点在しており、路上を照明する街灯は存在しない。本件道路の最高制限速度は高速車が時速七〇粁、中速車が時速六〇粁、低速車が時速五〇粁と指定されている。

(二)  当夜の状況

1  概括的状況

当夜の午前三時頃は、曇天でもやがかかつており月明かりもなく、また前示のとおり周囲に街灯もなかつたので現場は真暗であつた。車内の通行量は平均すると一分間に五、六台であり各車は時速八〇ないし九〇粁の高速で走行していた。本件事故発生直前の午前一時四〇頃分、本件事故現場から約一〇〇米東京寄りの地点で丁車とリヤカーを引いた自転車との衝突事故が発生し、乙、丙車はその実況見分を担当する警察官が乗つて現場に来ていたものであるが。本件事故発生時には、既にその実況見分を終了し、セイフテイコンを片づけ帰署しようと関係者一同が既に乙、丙、丁車にそれぞれ乗車し終つた時であつて、交通規制も解除され、本件事故現場付近の交通状況は正常に復していた。

2  丁車の状況

丁車は下り線の第一通行帯内の、道路縁から車体の左外側まで〇・八米のところに千葉方面を向いて駐車していた。丁車の車幅は一・六九五米あるので、同車の右外側は道路縁から二・四九五米(通行帯の境界線までは一・二四五米)のところに位置していたことになる。前事故の実況見分終了後船橋警察署に赴くべく訴外鹿島昌蔵が運転席に、訴外大和地恒夫が助手席にそれぞれ乗車し、発進のため鹿島がエンジンキーを捜そうとして身をかがめているとき丁車の後部に甲車が衝突してきたのである。丁車の室内灯は点灯されておらず、尾灯については点灯されていたと認めるに足る証拠はない。丁車は追突された衝撃によつて約一三米下り線を千葉方面に向けて走り、道路縁のガードレールに衝突して停車したのである。

3  甲車の状況

紀光は甲車を運転して東京方面から千葉方面に向けて下り線を時速約九〇ないし一〇〇粁で進行し、本件事故現場の手前約一〇〇〇米の地点で下り線の第二通行帯を時速約八〇粁で走行する訴外幸木俊一運転の自動車を警音器を吹鳴し、方向指示器を点滅しつつ左側から追越しにかかり、追越し完了後は第二通行帯を直進して行つた。訴外幸木は甲車の尾灯をずつと見送つていたが、その間甲車が第二通行帯を真直ぐ走行して行くのを見届けており、一方丙車の運転席左側の助手席に乗車していた訴外伊東博は、本件事故の直前「シュシュ」という音を甲車が発したのを聞いている。そして甲車は前認定のとおり第一通行帯上に駐車していた丁車の後部真後ろに衝突し、火を吹きながら右に鋭く斜行し、約七二米走つた後上り線の中央あたりに停車したのである。現場には甲車がブレーキをかけたと認められるようなスリップ痕は見あたらない。

4  乙車の状況

乙車は前事故の実況見分終了当時には、丁車から千葉方面へ約二〇米の上り線第二通行帯に東京方面に向いて駐車していたが、訴外鈴木佐四郎が運転席に、訴外高島武男が助手席にそれぞれ乗車して灯火に故障のある丁車の後尾について同車を後方から護衛してゆく目的をもつて発進しユーターンにかかつた。乙車は前照灯を照射して上り線道路縁一杯に寄つた後、時速約一〇粁の速度で右転回を行い、中央線を超え丁車の右側面に接近し、乙車の右側面と本件道路の中央線とが約六〇度の角度をつくるような方向をもつて下り線第二通行帯にもまたがつて停車しようとした。そして乙車がまさに停車するかしないかの時に本件事故が発生したのである(被告は下り線内には乙車は侵入していない旨主張し、証人鹿島昌蔵、同鈴木佐四郎、同高島武男の証言中にはこれに沿う部分があるけれども、証人鹿島、同鈴木の証言は乙車の切りかえしの点で相互に矛盾しており、前掲各証拠に照らすと、右各部分は措信することができない。)。

5  丙車の状況

丙車は丁車から東京方面へ約二〇米の上り線第一通行帯内に東京方面を向いて駐車していたが、前事故の実況見分終了後、訴外秋葉昌吉が運転席に、前記伊東が左側助手席に、訴外荒木兵義が運転席の後部座席に、訴外福井康昭がその左側に乗車して、東京方面に向けて発進し一、二米進行した時本件事故が発生したのである。当時丙車の屋根にある赤ランプは点灯されていた。

(三)  右認定の諸事実を総合すると、甲車と丁車とが衝突するに至つた経過は次のとおりであつたと考えられる。

紀光は本件事故の直前に訴外幸木運転の車を追い越すに際し、警音器の吹鳴と方向指示器の点滅の措置をとりつつ適切な追越しを行つていることから、同人の意識が本件事故当時も正常であつたことは容易に推則される(仮りに甲車の速度が時速九〇粁であつたとしても甲車は一〇〇〇米を四〇秒で走行していることになり、時速が一〇〇粁であつたとすれば時間はもつと短縮されることになる。)。従つて第二通行帯を走行していた甲車が第一通行帯内に駐車中の丁車に追突した原因は、当時の交通状況道路状況等に、これを求めざるを得ない。当時現場付近を通行する車両数が一分間に五、六台であつて、特に他に甲車が影響を受けた車があつたことは認められないのであるから、前認定のとおりの乙車の上り線から下り線内への侵入行為がまさに甲車の進路の変更を余儀なくさせたものと考えられ、結局乙車の前照灯が輪を描きながら上り線内を照射し始め、しかも乙車が自己の進路に入つてくるのを目撃した紀光は、とつさの判断で左にハンドルを切り、辛うじて乙車を避けた途端、今度は面前に甲車の前照灯に照らし出された丁車を発見したが、あまりに接近しすぎていたためもはや何らの措置をとることもできないまま丁車の真後ろに追突することになつたのであり、甲車が第一通行帯から第二通行帯へと急カーブした時、路面と甲車のタイヤとが高速のためにスリップして「シュシュ」という摩擦音を発し、その音が前記のとおり訴外伊東に聞こえたと推認することができる。なお丙車は本件事故発生時上り線第一通行帯内にあり発進してから一、二米前進したところであつて、それが直進ではなく右転回の動作であつたとしても本件事故発生について影響を与えたとのことは、これを認めるに足りない。

二(被告の責任)

被告が乙車を自己のために運行の用に供する者であつたことは当事者者に争いがない。そして甲、丁車の衝突は前認定のとおり乙車の下り線内侵入行為によつて惹起されたものであつて、本件事故は乙車の運行によつて発生したということができるから、被告は乙車の運行によつて生じた紀光の死亡による損害の賠償の責任を負わなければならない。

三(被告の抗弁)

紀光は当夜もやがかかり前方の見透しが十分でないにもかかわらず、最高制限速度を二〇ないし三〇粁も超過する高速度で走行していて本件事故に遭つたのであつて同人にも本件事故発生についての過失が認められる。すなわち前認定のとおり上り線第一通行帯内に駐車していた丙車は車上の赤ランプを点灯していたのであつて、これを見れば容易に本件事故現場付近で何らかの異常事態が発生したことと感得しえたであろうから最高制限速度よりはるかに減速して現場を通過すべきであつたのである。

他方乙車の運転者であつた訴外鈴木佐四郎は、下り線内に侵入するに先立ち、下り線内を走行してくる車両がある場合にはその車両の通過を待つか、合図をしてその車両の了解を得た後上り線内に侵入すべき注意義務があつたにもかかわらず、証人鈴木佐四郎の証言によれば下り線内の車両について何ら意を払つていなかつたことが認められるのであつて、紀光として乙車が下り線の自己の進路に侵入してくることまでは予測不可能であり、紀光が乙車の侵入を認めて急拠左ハンドルを切つて第一通行帯に進路を変更し、進路直前に丁車を発見しながら既に為すすべもなくこれに衝突してしまつたことについて何ら非難すべき点はない。紀光が前方を注視していなかつたと認めるに足る証拠はなく、その過失は専ら甲車をあまり高速で運転していたということに存する。紀光の右過失と前記訴外鈴木佐四郎の過失とを対比すると大体三対七であると認めるのが相当である(丁車を第一通行帯内に駐車させていたことは被告側の過失とは考えられない。又同車の尾灯を点灯しておかなかつたことはたしかに被告側の落度ではあるが、本件事故は仮りに尾灯が点灯されていたとしても避けられなかつたと考えられる。)。

四(損害)<省略>

五以上により原告らの被告に対する請求は、各逸失利益の損害二五〇万円、慰籍料の一〇〇万円、葬式費用の七万円、弁護士費用の四九万円以上の合計四〇六万円および弁護士費用を除いた三五七万円に対する逸失利益算出の基準日の翌日である昭和四一年六月一日から右各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。(吉岡進 薦田茂正 原田和徳)

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